
KMCCとは?
KMCC鉄騎旅団は山形大学小白川モーターサイクルクラブの略称です。
K=小白川
M=モーター
C=サイクル
C=クラブ
それでは、なぜ「モーターサイクルクラブ」ではなくて、
小白川モーターサイクルクラブと呼ぶのでしょうか?
山形大学の特徴
山形大学の学生は、1年次の教養課程を山形市小白川キャンパスで受講します。
2年次以降は、学部によって山形県内の各地にあるキャンパスで受講します。
(それぞれのキャンパスはかなり離れているので引越しを伴います)
| 学部 |
2年次以降のキャンパス |
理学部
人文学部
教育文化学部 |
山形市小白川キャンパス
(つまり移動がない) |
| 工学部 |
米沢市キャンパス |
| 農学部 |
鶴岡市キャンパス |
| 医学部 |
山形市飯田キャンパス |
KMCCの誕生
KMCCの誕生は1980年にさかのぼります。
当時、米沢キャンパス(工学部)には、『モーターサイクル・クラブ』(通称MCC)が既に存在していました。
しかし、すべての1年次生が集まる小白川キャンパスには、バイク関係のサークルがありませんでした。
そこで、1980年度生の橋本氏、日高氏、豊田氏、石川氏の4人の勇者たちが、
MCCとは別組織として、『小白川・モーター・サイクル・クラブ』(通称KMCC)を創設しました。
その後、工学部の学生も1年次を小白川キャンパスで過ごすうちからKMCCに入部するようになり、
米沢のMCCよりも規模が大きくなっていき、現在に至ります。
発足当時のKMCCは、単なる『峠の走り屋』集団で、
蔵王エコーライン、スカイバレー、 ぶどうまつたけラインなどを主に走っていました。
サーキットにはたまにスポ ーツ走行に出かける程度でした。
また、マス・ツーリングにもよく出かけ、特に秋には毎年日光方面へツーリ ングをしました。
一般公道ではお手本のようなツーリング・クラブでしたが、
有料道路・高速道路では毎回レースをしていました。
その結果・経過が、 その日の酒の肴になるので、皆必死で走っていました。
マシンを大破し、 途中リタイヤのメンバーも毎回出ていましたが、不思議と大怪我は無かったです。
(創設者 橋本氏談)
KMCCの位置づけ
KMCCは、名前や歴史的な背景の通り、小白川キャンパスを本部とします。
現在のメンバーは工学部(米沢キャンパス)がほとんどを占め、
ジムカーナなどの行事も米沢を中心に行われますが、
あくまで米沢支部となります。
(米沢の一番偉い人を支部長と呼ぶのはそのためです)
MCCとの違い
MCCは管理人が在学していたころは活動を続けていたのですが、
その後も活動を続けているのでしょうか?
KMCCと統一されたという噂もあったのですが、定かではありません。